いずものブログ

自分の考えを残したいです

報告会から得られたもの

 報告の場において重要なのは、報告の目的が達成てきたかだと思います。場の目的は外的、または内的な動機の改善でしょう。

 本日の報告の場があありました。その場で得たいものが得れたのか、整理してみたいと思います。

 今回、資料の準備に40時間は掛けたと思います。2冊読了し資料の推敲を重ねました。

 

(資料作成で注意したこと)

 報告15分、質問15分の合計30分の報告会でしたので、なるべく短く、質問コーナーで盛り上がらないような工夫が必要と思いました。。そこで説明と質問対応を基本とした一方向発信型を取りました。

 また、説明の受け手のレベルは異なることから、キーフレーズやキー数字が明瞭に伝わるデザインに注意しました。

 事前に報告シミュレーションも実施し、要綱は6分で説明できたので、説明時間は補足も含めて10分、質問と合わせて20分と制限時間の30分に十分収まる内容としました。

 

(得たかったもの)

 日頃の報告する機会は少なく、月2回10名ほどに報告することしかありません。報告方法は社内用に形式化されています。ある程度知識があり情報を受け取る準備がある人には、すり合わせでの情報伝達が容易で定例会らしい便利な場です。

 その一方、報告者の能力は社内で伝わればよいので、標準以下でもよいと思います。表面的にでも報告する内容を理解していれば、打ち合わせは成立します。より深い知見があれば周囲の動機に繋がるでしょう。ただ、あくまで優先されるのは報告時の熱量です。虚勢です。冷静に自分の報告方法を顧みると、自分の報告技術の市場評価=営業力が世間のレベルより劣っているのは明白でした。おそらく今の資料の内容や話し方では何も伝わりません。ですから、報告会では自分の報告技術が向上でき、自分なりの答えを出すための客観的な意見が欲しかったです。例えば、こんな報告方法では伝わらない、などです。今回の報告会の主旨は、報告方法技術の改善ですので、得たいものは主旨とも合致していました。

 

(やってみて分かったこと)

 なるべく資料は単純化し分かりやすくした点は良かったと受け止めてもらいました。一方で、初心者には分かりにくく説明が不足している、言葉や動作を補足したものが必要、予定の時間より早すぎる、やる気がなさそう、などと指摘は多かったです。

 また、本当の主旨を理解して報告して欲しいという指摘もありました。例えば、社内育成、情報共有、課題解決として場を活用し、職責に見あった期待値の高い報告にするべきというものです。同じような指摘が何点かあったので、聞き手としては期待外れの報告だったと思います。

 

(得たいものが得られたか)

 今回の資料作りと報告会は、生産性は低いと評価します。得たいものは得られたが、他の方法もあったと思います。

 社内形式をやめ、ゼロベースで資料を作った過程で、単純化と見せる工夫の伝達効率を改善できる技能を習得できたと思います。聞き手の思考や視線を熟慮した資料作りは、思考の整理と生産性改善に繋がる有益な時間でした。

 一方で報告会は、分散して意見を抽出できなかったことや、後ろ向きと取れる意見に偏り報告会の空気感が乱れたことは、話し手、聞き手ともに他意はなかったのですが修正する必要はあるでしょう。本当の主旨と違う内容でしたので、意見が合わず生産性は低かったです。

 

(所感と次に繋げるヒント)

  今回の行動の目的は生産性の向上でした。常に生産性の向上について模索していますが、過去資料のコピペでなんとか乗り切ったり、上司の裏の主旨を想像して資料を作成したりせず、どこまでストレートに意図を伝えることができるかを重視し、自分の型を破って報告会に臨みました。自分なりの挑戦でした。

 しかし、今回の生産性から考えると違う方法でアプローチした方が、生産性の改善効率が高いと思いました。やはり社内の職責は異なれど同僚となると既成利益や社内風土に意見が偏り、市場視点のフラットな意見はでにくかったです。例えば、偉い人の意見が正しそう、というものです。ですから、やはり技能の習得を望むなら社外のセミナーなどを活用するべきと思います。

 報告会の気づいた点として、会の目的は、緊急で重要な問題の改善過程を整理して質の高い解を求める、だったのですが、結果として会の主旨の伝え方で、作り手や聞き手の意志が相反してしまいました。

 相反と書いてしまったところに自分の未熟さがあるのですが、双方の期待値のずれから来る意見の洪水は、言う側、聞く側、話す側も冷静さを欠きます。つまり、技術的に適当な意見や指摘があっても、お互いに素直に受け止められないです。

 今回は自分の問題提起についてリーダーシップをとり質の高い解を得るために強力を仰ぎ、熱意をもって報告することが必要でした。この目的が明確であれば実行に移しやすく、周囲の共感も得られたと思いました。

 ただし、今回の場合は、報告会に対する自分の進め方と受け取り方が一番の問題であると思いました。自分に覚悟がなかったです。

 自分なりの答えを抽出する方法として、もっと効率よく意見をもらう方法もありました。例えば、今回の報告会は本来の主旨で無難に対応し、別の少人数の打ち合わせで、ネタを小出しにしてテストしてもよかったです。報告内容が通例より飛躍しすぎていました。また、意見の抽出を聞き手に委ねたのが悪かったと思います。先にも書きましたが感情論となり確度のある意見が少なかったです。

 また、否定的な意見に対して、自責、他責の念が消えません。自分の心が弱く、重大な失敗と受け取り、悔やみ、かつ自分を正当化するために、相手を悪く評価する気持ちが抑えられません。時間と共に鎮火していますが、感情が整理できていません。こうなると何のために報告会を実施したのか分かりません。無難に乗りきった方が幸せだったと思えました。本当に変わりたいのであれば、相手や自分を評価するのではなく、事実を評価するべきと思います。つまり、相手の思考は相手の環境からなされるもので当たり前に異なるのだから、自分の意見と違う意見も当然あります。相手も同じように自分の意見を個性として受け取ってもらえるだろうと思い報告会に臨んだのですから、相反する意見が出るのは妥当です。その事実を消化できないのですから、私は報告会に臨む覚悟もなく、思考レベルも低く、自分を保身するのだと思います。

 失敗は成功のもとと言います。客観的には失敗に見えたり、本人の受け取り方によっては失敗と言えるものも、成功の糸口に繋がる言葉と理解しています。若い内に経験しろというのも、何もしないより動き、経験の中から成果を積み上げ、信頼関係を作り、信用されることが仕事の進め方という言葉と理解しています。

 私はそのような言葉を実行した経験が少ないです。自分で思考し、自分を評価し、自分を改善する経験が圧倒的に少なく思考が偏っています。結局のところ今の私の思考は、今のままでいいのです。そのような自分から脱出し変わるには、何をしたいかを明確に決めること、そのためにはどのようにすれば最短で実現できるかを真剣に自分で考えることが何よりも重要であると痛感しました。自分の人生は自分のものまでです。生きるのも死ぬのもその時必ず付き添うのは、誰でも何でもなく自分の思考、それだけなのですから。真剣に自分を考え直すよい経験ができたと改めて深く思いました。

 

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